INFの民の成長には苦しい重圧がのしかかる

高い理想に生きるINFを持つ人々の話です。

皆さんは小学生の頃なんか、将来の夢と聞かれてどうだったか覚えているでしょうか。INFの民の皆さんははっきり言えた人と、はっきり言えなかった人のどっちが多いんでしょうか。

多分後者じゃないかな。

なりたいものはあっても言えなかった人って、夢がなかったわけじゃないはずです。夢が大きすぎて、言っちゃいけない空気を察知していませんでしたか?言ったとしても大人に苦笑いされたり否定されたり。

好きなものはたくさんあったはずですから、アニメが好きだったら声優になってみたい、だとか、そういう想いを秘めてた人は多いと思います。しかも想いの中でたくさん夢想して、声優という話で例えれば「あの作品の続編を手掛けるんだ」とか、「あの声優さんと共演して」だとか……普通の人にはやめておけと言われるような夢について深く考えたのではないでしょうか。

理想主義者であるINFの民はしばしば高い目標を設定しがちです。私も作家として華々しくデビューして云千万くらい稼いで、新しい家を買って、みたいな事を妄想していた事はありますし、なんだったら今でもそうです。

でも大抵の場合、その夢は叶いません。人気声優になりたい、売れっ子アイドルになりたい、海外まで名前の轟くスターになりたい……成功しているのは文字通り氷山の一角でしか無いという事実をシャットアウトして物を考えているのです。

そういう現実を、INFの民は生きていく中できっと何度も味わいます。理想主義の中にある高いハードルは、少し下げたところで高いままですから。

なにかに向かって努力して、でもダメだった。それでもまだまだと、もっと頑張って、でもダメなんです。その経験で何かを得て、一歩先に進めたとしてもINFの民が夢見る世界はシビアな世界であることが多いハズです。

それでボロボロになって、仕方なく理想を下げることにします。それは謂わば社会という既枠への擦り寄せです、社会の求める形に、INFの民も変わることを要求されるのです。

その世界はINFの民が本来求める理想の世界とは全く違います。野暮ったい話になってきてしまいますが、日本という国の現在の教え、姿はINFの民の性質の真逆を行くと言ってもいいものです。

そこに逆らうとやれダメ人間だ、社会不適合者だとこき下ろされることになります。理想を持つことが悪であるかのような枠組みが出来上がっているのです。

でもそこで「自分はダメ人間だ」とは、絶対に思わないで下さい。私は確かに言葉として、自分を社会不適合者であると言っています。ですがそれはその裏に意味を持っているからです。

INFの民は「自分」がいるのです。

誰かの言うことを聞いておけばいい、既にある枠組みの中で穏便に物事を済ませればそれでいい、そんな思考を「自分のものだ」と錯覚した人たちが多い世界です。そういう人たちは理想を持って世界を変えようとする人々を恐れます。

たとえ追いやられて、それでも社会に擦り寄せられないあなたの中には「強い自分」が存在しています。毎日のように半日拘束される社会が正しいと思わなければならないなんておかしい!と言える人がまさにINFの民なのです。

同調圧力に負けなくて、強いから独りになりやすい。でも何度も殴られれば小さな枠の中に収まるようにもなるかもしれませんし、ポッキリと折れてしまうかもしれない。

でもそれはあなたが弱いからじゃない。

INFの民が世界から受ける重圧は、その生き方を左右するほど重いものです。

普通の人なら「今はこうしよう、こうしておくべきだし、みんなやってる」程度に考えられるものを、INFの民は人生や生きる意味を天秤にかけて考えるのです。

今の日本社会にその考えを受け入れる余裕はありませんが、私という個人は世界からの重圧に苦しむ方が楽になる言葉をかけてあげたい。

私達のような夢を持つ人間に対し、折れることを成長だという社会があります。

でもそうじゃない。INFの民は理想に向かい、重圧に苦しみます。それが成長でしょう。折れるも折れないも関係ありません。苦しみをたくさん感じて、何度理想に裏切られても、どうか塞ぎ込まないで。

あなたがそれまでの人生で苦しみ、考えてきたことにはきっと意味がある。

社会や世間になんと言われようと、あなたはあなたの理想を掲げていて良いのです。

INFの民にはそれができるし、それが強み、強さです。

ではそんな人間がどう生きればいいのか。

正直に言えば私はその答えを持っていません。まだ道半ばです。

答えは簡単に見つかるものじゃないでしょう。でもきっと、答えに続く道は見出しているはずです。

INFの民はロックの民。何かに抗って生きてみるのがいいのではないでしょうか。反社会的に、という意味ではありませんよ?

INFの民は理想に生きる民。「まだ、それでも」と言い続けるのは得意でしょう?