INFの強みから、人としてクズである事への葛藤が生じる
- 2020.02.22
- 母の話
INFの民は芯が強いということはこれまで何度か文章にしてきたと思います。
芯が強いからこそ自分がいて、だからこそ社会に適応出来なかったり、孤独になったりするものです。
僭越ながら、私もそういう人間であると思っています。嫌なことは嫌ですし、おかしいことには相手をしたくありません。
それは良いことなのか悪いことなのか。きっとどちらとも言えるでしょう。自分にとっては間違いなくいいことです。世界から見ても、そういう人間がいないと成長はありませんから、いるべき人間です。
でも社会的に見れば重視すべきことでもないのでしょう。経済的には悪い人間であるパターンが多いと思われます。なんせ性格タイプだけで見れば最も生産性が悪いタイプがこのINFでありますので。
というわけで、そんな芯の強い私、という前置きをさせてもらって、その芯の強さがどれほど強いのかという、興味深い一例が最近自分の身に起こったので、今回はその紹介をさせてもらおうと思います。
私自身が社会に適応しないというのは以前の働いてみたという記事でもわかるように、自分に合わない部分を挙げ連ねてすぐに辞めてしまう、という性質からわかるかなと思います。
しかしそれがどんなパターンなら続くのでしょうか。どんなパターンなら働けるのか。
もちろん自分にあった場所、出来る事を見つけられたらなぁなぁに働くことは出来ます。前の仕事はそれで安定して続いていましたから。
でも嫌なことでもやらばければいけない、という状況になった場合、どんな事が起これば自分は働くのか、ということです。
実はこんなことがありました。
母が末期がんと診断されたのです。
つい2月に入ってすぐの事でした。元気だった母が、胸にしこりがあると病院に行きました。結果は末期の乳がん。癌のステージは最終段階にあることを言い渡されました。
治療費に何十万。保険で多少はまかなえるとしても、うちの家族構成では難しい話です。
昔の記事にもちらりと書きましたが、母はDVが理由で別居を余儀なくされ、やがて離婚をしています。父以外の家族は母に着いていき、みんなで生活費を出し合っているという状況です。(私の出す生活費は私のこれまでためた貯金から切り崩し続けています)
今は父の経済力を当てに出来ません。
だから働かなくてはならないんです。
でもやっぱり、自分の中では「自分の所属できる社会(特に正社員という道)に、あまりにも希望がない」となってしまう。
葛藤はあります。一応貯金でなんとかなってはいますが、本当は働いて、お金の面で心配がないようにしてあげたい。でも自分が嫌だと思ったことに積極的に動けない。
これがクズでなくてなんなのか。わかってはいるのですが。
芯の強さというのは本来、誇るべき素質でしょう。INFの民の方たちの持つ強みであるはずです。そして前向きで夢見がち。それも強さのはずです。
でも大事な人が大変な時に、それが無能に変わってしまう。これは私の場合ですが。
私はここに至って尚、自分にはどんなみちがあるのかを考えています。
母は絶対に良くなるはずだと。楽観的に考えている自分を確かに感じます。それは単に自分が現実を見ない無能さを発揮しているのか、それとも人を見る推理力を持って直感した真実なのか。
私はあまりにも強く、だからこそあまりにも弱い。
それを痛感する日々です。
もうじき、母の治療が始まります。髪は抜け落ちて、体は弱っていくことでしょう。
私に何が出来るのか。
今は家事を手伝うことだけ。
他人のために何かをしたいと思う。でもそこに自分への大きな負担が加わると、やはり自分の気持ちが先行してしまっている。
すみません。まとめきらないで出力するのはいつものことですが、ほとんどただの日記になってしまいました。
ここに何かを書くことで物事が好転するわけではないのですが……母が良くなるように願うだけの無能です。
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